5月9日:勝利の日はどのように戦争正当化の道具になったのか

ロシアの勝利の日と戦争正当化についての記事のイラスト

今日5月9日、ロシアでは大祖国戦争(第二次世界大戦)の勝利の日が祝われています。プーチン大統領の在任期間を通じて、この祝日に対する人々の向き合い方は劇的に変化しました。特に2022年のウクライナ全面侵攻が始まってからはその傾向が顕著です。この祝日は、かつての「追悼と悲しみの日」から、大規模なイデオロギー的行事へと変貌を遂げ、現在の国家政策を正当化するための手段の一つになったと言えるでしょう。

2000年代初頭のころ、勝利の日はまだ、退役軍人を主役とした家族的でメモリアルな雰囲気の漂う「静かな」祝日でした。人々は記念碑を訪れ、親戚と会い、古い映画を観て、戦没者を偲んでいました。パレードも行われてはいましたが、今に比べればずっと小規模なものでした。当時のテレビの空気感は、しばしば「悲しみと誇り」というトーンに彩られていました。ロシアの人々は、戦争とはほぼ全住民の家庭が経験した恐ろしい悲劇であり、二度と繰り返されてはならないものだと考えていたのです。

プーチンが二期目の再選を果たした2000年代半ばから、国家は徐々にこの祝日を国家アイデンティティの主要な要素の一つへと変えていきました。大衆的な愛国シンボル、大規模なコンサート、軍事イベントの再現、学校行事などが次々と登場しました。重点は軍事力と軍の継承性に置かれるようになります。赤の広場でのパレードは、新兵器や航空機、緻密な演出を伴って格段に華やかなものとなりました。祝日は、歴史的神話と国家ブランドの要素を備えた、巨大な国家的見世物へと姿を変えたのです。

2014年のクリミア併合をめぐる出来事と対西側関係の悪化以降、勝利の日は国家イデオロギーのさらに中心的な象徴となりました。言葉も激しさを増し、公的なレトリックでは「包囲された要塞」「歴史的使命」「世代の継承」「外部の敵との対置」といった概念が頻繁に使われるようになりました。軍事的なテーマは日常文化の中でも目立つようになり、子供用の兵隊ごっこの制服や、愛国的なフラッシュモブ、「我々は(勝利を)繰り返せる」といったスローガン、より攻撃的なシンボルが社会の一部で見られるようになりました。一方で、別のロシア人たちは、こうしたスローガンは戦争による甚大な犠牲の記憶に反するものだとして、強く反発していました。

2022年のウクライナ全面侵攻の開始後、この変化はさらに加速しました。国家は、二つの戦争の間に象徴的かつ感情的な結びつきを非常に積極的に作り出し始めたのです。

その主要な要素の一つが「ナチズムとの戦い」や「非ナチ化」というレトリックでした。ロシア当局や国営メディアは、定期的にウクライナ政権をナチスと比較し、第二次世界大戦時の語彙を用いながら、現在の戦争を「ソ連によるファシズムとの戦いの継続」として描き出しました。

学校では「重要なことをめぐる対話」という授業が導入され、先祖の功績、祖国の防衛、外部の脅威との戦いといった概念を用いて、第二次世界大戦の記憶を通して現代の出来事が子供たちに説明されるようになりました。また、愛国的な行事や軍人との交流会もより頻繁に行われるようになりました。

5月9日に行われるプーチンや他の政治家たちの演説は、現在の戦争とより密接に結びつくようになりました。彼らのスピーチでは、世代間の類似性、今日の「ナチズムに対する戦い」、ロシアの歴史的運命という理念、そして国が再び西側からの脅威に直面しているという主張が繰り返されました。

国営テレビやメディアでは、勝利の日の象徴と「Z」のシンボル、ソ連軍のイメージと現代のロシア軍のイメージを並べて用いることで、象徴的な融合を図りました。コンサートやポスター、テレビ番組では、1945年の退役軍人と現代の戦争の参加者が隣り合い、「世代の継承」というスローガンが掲げられる光景が見られました。

こうして、人々の間には「世代を超えて一つの戦争が続いている」かのような視覚的効果が生じました。そして徐々に、多くのロシア人の意識の中で感情の焦点が書き換えられていきました。かつての戦後の伝統であった「戦争とは繰り返してはならない恐怖である」という認識から、英雄的な闘争、歴史的使命、そして国家のための犠牲の必要性というイメージへの書き換えです。

ロシア文化において1945年の勝利は、聖域とも言える絶対的な地位を占めています。そのため、現代の戦争をこの歴史的な基盤の上に組み込もうとする試みは、世論を動員するための非常に強力な道具となりました。

こうしてプーチンと政権は、自国民の集団的トラウマと第二次世界大戦の勝利の記憶を利用することで、ロシア人の目から見て現在の戦争が正当なものであると印象づけているのです。